有名な映画のタイトルにもありますが「素晴らしきかな、人生」とは気になる言葉です。
正直
「人生は最悪」
「辛く苦しいことばかり」
「素晴らしいなんてどう考えてもあり得ない」
と思ってきたので、この言葉には異議大ありです。
同じように考えている方、他にもいるのではないでしょうか。
でも「実は、そうでもないかも」ということを話したくて記事にしました。
1.人生は最悪?今はね
「人生は最悪」と考えている方にとって「素晴らしきかな、人生」の言葉はかなり抵抗があると思います。
私自身もその一人で、この言葉を初めて見た時、自身の目がそこで動きを止めてしまいました。
「そんなことあるわけない」と一刀両断的の思いでしたが、けれども妙に引っ掛かる。
四六時中気にしているわけではないけれども、ふと思い出し考えさせられる、そんな言葉でした。
そんな状態が少なくとも5-10年、それ以上の時間が過ぎたでしょうか。
日々過ごす生活の中で様々な出来事に直面、悩み自問、考え改めるうちにある考えに行きつきました。
「今は違っていても、最期にそう思える人生を送りなさい」
これなら腑に落ちないでしょうか。
きっとこういうことだと思うのです。
そして、そう思えるようになるために今がある。
2.ヒトは幸せに気づくのが苦手な生き物
負荷に直面して、初めて苦痛を知る。
同じ境遇に陥って、初めて相手を思いやる。
当たり前に思ってきたことが、実はとても幸せなのだということ。
実のところ、ヒトは幸せに気づくのが苦手な生き物だと思うのです。
本当は沢山の喜びや感動があるのに、気づけずにいるのです。
それを学ぶことが生きる目的の一つではないでしょうか。
痛み、苦しみ、悲しみ、もがきを経験してこそ気づく幸せ。
ご飯が美味しく食べられる、健康に身体を動かせる、安心して眠れる。
これこそが幸せであり、喜びであり、感謝ではないでしょうか。
この時点で既に人生は素晴らしいのです。
3.周囲の評価より自分の納得・満足度
そして自分自身がどのように考えて行動し、どれだけ納得・満足できたかどうか。
あくまで自己の中でのことであり、周囲の評価は関係ありません。
どれだけ成功したかではなく、どれだけ納得したかです。
たとえ失敗しても、やるだけやったなら悔いはないでしょう。納得できなければ、もう一度挑戦するだけです。
大きな事を成し遂げる必要もないし、些細なレベルの事でも十分だと思うのです。
小さな達成の積み重ねが、更なるやる気や自信を生み出して、予想以上の結果に繋がることもあるのです。
4.努力しても出来ないことはある
肝心なのは、多くを望み過ぎないことです。
ご飯が美味しく食べられ、健康に身体を動かせ、安心して眠れること自体がありがたく、それだけで十分に素晴らしいですから。
日々いつの間にか忘れてしまいますが、そのベースがあってこそ次に繋がるというものです。
様々な活動で身動きが取れないほど追い詰められてしまうようなら、それらを一旦止めてみませんか。
自己を取り戻すことで、改めて見えてくるものがあるはずです。
そして新たな気持ちでもう一度向き合うか、違う道に動くか、もう少し休むか。
長い人生、どうしても越えられない壁もあるでしょう。
努力しても出来ないことはあり、向いていないこともあります。担当業務から外れる、契約解除になる、レギュラーになれない、試験にパスできない等々。
そんな時は心が折れますが、大事なのはどのように向き合ってきたかです。
及ばない部分があったのであれば、そこを正せばよいのです。
一生懸命頑張り続けてもダメであれば、それは仕方のないこと。
そこには違う意味があるのかもしれません。
間違った道に進んでいるのかもしれないし、そこでの学びは終了しているので、次の道に進む合図かもしれないです。
自分自身の気持ちに向き合いつつ、現状を理解して受け入れることが必要です。
それこそが大事なプロセスであり、そこからまた新たな方向性が生まれるというものです。
これまでと異なる自分に出会えるかもしれないし、正に新たな扉を開けようとしているのかもしれません。
5.チャンスは必ずやって来る
諦めさえしなければ、チャンスは必ず何度でも訪れます。これまで生きてきて本当に実感していることです。
まるで自己を試すように克服すべき課題と共に現れるので、そのひと踏ん張りができずにクリア出来なかったと感じることは何度もありましたが。
腐ってもまた前を向き続けることです。
たとえ望むような成果を出せず、暫く後ろ向きになっても、また前に向き直ればそれで良いのです。継続ならぬ断続も力なり、必ず報われる日はやって来ます。
人生とは、課題と挫折と達成の繰り返しです。
多くの先人が似たような事を説いていますが、私もそう思います。
如何に自己の中で咀嚼し、次の足掛かりとすることによって、より豊かな人生にしていけるのではないでしょうか。
ご飯が美味しく食べられ、健康に身体を動かせられ、安心して眠れる。
そもそも、これ自体が実に素晴らしいことを忘れてはなりません。
「素晴らしい基準」のハードルを上げる必要はないのです。
人生に失敗はつきものです、だからこそ次の機会が用意されるのです。
最悪?それは今だけです。
人生は有限です。
満足のいく人生を送るため、悔いなく何をするか。
素晴らしきかな、人生!
最期に言うべきは、この言葉でしょう。